母の日に感じる親としての成長

Posted on 5月 12, 2013 by

 

「障害児の子育て」というジャンルで著名な女流作家エイミー・ジュリア・ベッカー。
彼女は母の日に感じる親の成長を素直に綴っています。

On Mother’s Day, What I Admire About My Children

冗談っぽく言うと、
足と手の指の爪の数80(私と三人の子供の合計)に対して私は責任を持っています。

夫のピーターも冗談で言います。
「君は子供たちと自分のための朝食と昼食は一生懸命だけど、夫のぼくのことは気にしてないね。」

私はすぐに子供たちに世話をしている時間を数えたくなってしまう癖があります。
その時間が増えるほど、なんだかとっても素晴らしい気がするのです。

特に障害のある子供の親として、
私が母親として学んだことがあるとすれば、
それはどんな限界があっても必ず適用や対応できる可能性があるということです。

私の膝の上に横になって子供たちの爪を切ってあげ、髪の匂いをかいだりすることはとても幸せな時間なのですが、これもあと数年かなと思っています。
本を読み聞かせたり、バンドエイドを張ってあげたり、車のなかで遊んであげたり。
親として子供の自立のためにもこういったことに限界を設けないといけないなと思うのです。
もちろん、そこから親として学ぶことも限界がきたときには終わりになります。

最近、私は子供たちに不思議な賞賛の感覚を持っています。
母の日が近づくと、なんだか、子供たちへのケアも卒業しなきゃな、という気分になるのです。

ダウン症のある子供はしばしば頑固だと聞きますが、多分、それは本当でしょう。
しかし、娘ペニーと私はそれを忍耐だととらえています。
彼女は1年以上、靴ひもを結ぶことに取り組んでいました。
毎朝、彼女は座って頑張りました。

彼女は最初の紐は簡単に結ぶことができたのですが、
2つの紐を通すようになるには時間がかかりました。
毎日、毎週、毎月、それを練習しました。
秋になったころ、ついにできるようになりました。
そのことをみんなで飛んで喜びました。
ところが、同じことをもう1回できるようになるまでには、さらに4ヶ月かかりました。
娘はできるようになりたいと思ったから、諦めなかったのだと思います。

彼女は同じことを学校の算数の授業や体育のテニスでもやっています。
繰り返し繰り返し練習するのです。
他の子供が早くできるようになっても気になんかしません。
ただ、一生懸命に頑張るのです。
私も親としての成長を通じ、娘のようになりたいのです。

ニュースソース:On Mother’s Day, What I Admire About My Children

 




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