ロシア・ソチの近くで救われた命

Posted on 2月 21, 2014 by

 

small_Peter Garafonov

冬季オリンピックが開催されているソチから遠くない場所、スタヴロポリ。
そこに住むダーシャとアレクシのもとに2012年5月30日にピーターが生まれました。
ピーターにはダウン症があります。

現在、家族はピーターの命を救うための心臓手術を受けるため、ドイツに飛行機で向かいました。
手術は2014年2月25日に行われます。

ピーターは救われましたが、残念ながらロシアにおいてこれは特別な例です。

(ピーターのような)いくつかの国際的な例に関与しているMDSC(米マサチューセッツ・ダウン症会議)メンバーのマーク・エプスタインは言います。
「ロシアでダウン症の子供が生まれた場合、医師は親に子供を国家による介護を受けるように強く勧めます。それは子供が孤児院へ行き、最終的に精神病院に入れられ、残りの人生を過ごすことを意味しています。
ほとんどの家族は診断結果に対して十分な知識がないため、国家による介護を選択します。
ロシア社会でスペシャルニーズのある人々の偏見は無知に起因するのです。結果、多くの家族が障害のある子供をあきらめるようになるのです。」

ピーターはなぜ救われたのでしょう。
それはピーターの祖父母が正しいダウン症の知識があったの大きかったでしょう。

2011年、ピーターの叔母エフゲニアと彼女の夫は、米テネシー州ノックスビルからやってきたアメリカ人夫婦ワシュティとグレン・ウォルターズに会いました。

ウォルターズ夫妻は、ロシアの孤児院にダウン症のジェームズ・イワン(4歳)と養子縁組をするために来ていました。
彼らの養子縁組が無ければ、ジェームズの一生は孤児院だったことでしょう。
ジェームズは運命によって救われたのです。

その後、叔母エフゲニアに孫ピーターが生まれると、ダウン症の子供を育てるウォルターズ夫妻を思い出し、メールやFadcebookを使い、アメリカにいるワシュティに連絡をとりました。

ウォルターズ夫妻はピーターの母ダーシャがダウン症の子供を育てる決心をしたことを賞賛しました。
ワシュティは言います。
「言語の壁でお互い話したことはありませんでしたが、私はダーシャの勇気を賞賛しました。」

ピーターは先天性心臓欠陥を持って生まれてきました。
ロシア・サンクトペテルブルクの医師は、ピーターが手術を受けない限り、人生が脅かされるだろうと言いました。
しかし、世界的にはよくあることですが、ピーターにはダウン症があるため、病院は手術を拒否。
しかたがなく母ダーシャは他のロシアの他の病院を探しました。

結局、ダーシャはドイツの医師に息子の医療状態を伝え、手術の合意を得ました。
しかし、手術のためにはドイツに1ヵ月滞在する必要があり、渡航費や生活費に必要な5万ドルの資金に頭を痛めました。

その時点では希望が無い状態でしたが、アメリカのワシュティが自分のネットワークを生かし、助けてくれる個人や組織を探しました。
そして、2012年11月、彼女は米テネシー州ノックスビルへ講演にきていたブライアン・スコトコ医師に会いました。

ピーターの話を聞いたスコトコ医師は、友人のマーク・エプスタインに連絡。
マークは米マサチューセッツ・ダウン症会議メンバーであり、ダウン症の子供を父親の団体「D.A.D.S.(Dads Appreciating Down Syndrome)」のメンバーでもあります。

そして、マークの助けを借りて、ダーシャはロシアの慈善団体「Rusfond」との長く厳しい話し合いの末、ピーターの心臓手術の費用をカバーする資金を手に入れました。

数か月の間、ピーターの家族は心配そうにドイツへの出発を待っていました。

マークは、ピーターの話がハッピーエンドになることを喜んでいます。
「他の国の文化ではダウン症の子供たちが見捨てられていると聞いた時、最初は驚きましたが、次の瞬間、この状態を何とかしたいと動きはじめました。」
彼は(こういった他の国の状況を変えるためにも)もっと多くのことをする必要があることも理解しています。
「私たちが助けることができる子供の数は、それを必要としている子供の数に比べたら、少ない数なのです。」

ニュースソース:Close to Sochi, Boy is Saved by Loving Down Syndrome Community

 




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