障害である前に人であるということ

Posted on 5月 21, 2013 by


ジョージ・エストライヒにとって、娘ローラのダウン症について書くことは自然でした。

大学教授であり元詩人のジョージは娘が三歳半で心臓手術を受けた直後、娘との生活を書くことにしました。
2001年のことです。

そして今月、彼は「瞳の輪郭(The Shape of the Eye)」という本を出版。

そのなかで彼は「ダウン症候群」という言葉からイメージされる否定的な響きを変えようとしています。
ジョージが娘ローラの顔を見るとき、障害は見ません。純粋に美しい娘として見るのです。
他の人にも同じものを見て欲しいと彼は考えています。

Dad aims to change views of Down syndrome in new book01

娘ローラは生後2週間までダウン症と診断されませんでした。
出生時、医者は彼女がアーモンド形の目であると気がつきました。
それはダウン症候群の特徴の一つです。医者からは心を落ち着かせるように言われましたが、
ジョージは自らの家系に日本人がいたので、その影響だろうと不安を払いのけました。

ジョージは言います。
「最初の2週間、私たちは不安でした」
「ただただ結果を待っていました。」

ジョージと妻テレサには年上の娘エリーがいます。
現在エリーは17歳。
ローラが生まれる前まで、彼らの人生は順風満帆でした。
妻がフルタイムの科学者として働き、夫のジョージはエリーの子育てに集中。

しかし、ローラがダウン症であるという診断と同時に彼らの人生は一変します。
当時を振り返ってジョージは言います。
「診断は当初受け入れ難いものでした。」

ローラは先天性の心臓疾患があり、
摂食障害のため6ヶ月間、鼻のチューブにより栄養をとっていました。
母乳で育てたかったテレサにとってその状況は辛いものでした。

それらを通じジョージと妻テレサはローラの発達の問題をどのようにしたら対処できるか考えました。
しかし、どれくらいで「ずり這い」ができるようになるか、歩けるようになるか、最初の言葉を言うかという見通しすべてが未知の領域でした。

そしてジョージはダウン症の学習をはじめ、そのすべてを学びました。
ダウン症候群はJ・ラングダン・ダウン博士の名をとって名づけられたこと、
博士は19世紀に初めてその遺伝子の状態を発見したこと、
ダウン症のある人は体全体もしくは一部の遺伝子において21番染色体の染色体が余分なコピーがあること、
その影響により発達に遅れが生じること。

アメリカで生まれる691人の赤ちゃんに1人はダウン症で生まれ、
現在、およそ400,000人がアメリカで暮らしていると全米ダウン症協会は言います。

母親の年齢が高いことでダウン症の赤ちゃんを産む確率が増えるものの、その原因は判っていません。
最近では医療技術が向上し、ダウン症者の寿命は飛躍的に伸びました。
大人の80パーセントが60歳以上まで生きることができ、これは早期の心臓手術によるものと言われています。

Dad aims to change views of Down syndrome in new book02

ジョージは娘ローラが大きくなったら仕事を持ち、友人がいて、可能な限り自立できるようになることを望んでいます。
そしていつかそういう日が来ることをジョージは信じています。

ジョージは自分の書いた本を通じてメッセージを伝えたいと思っています。
「障害をみるまえに人間性をみて欲しいです。ローラは(ダウン症特有の)目の形によって人生が決まるわけでありません。むしろそれは楽しい個性をもっている証拠なのです。」

ニュースソース:Dad aims to change views of Down syndrome in new book

※kindle版もあります!

 



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